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ニュースリリース
 
2008/11/20  ひろしまキュッとWEST
  掲載内容  
  <ワシらのプロジェクトX ~苦悩と挑戦の軌跡~>
「ハト忌避材」で世界市場に挑戦!
 
 
 

今から15年前の1993年。
害虫駆除をしている中本は顧客からハトの駆除を依頼された。
専門外だが、顧客の頼みなのでトライしてみた。思いつく限りをやってみた。
まったく効果はなかった。
「これでは本業の害虫駆除にも信用をきたしかねない」
降参、あきらめた。屈辱を味わった。依頼この出来事が中本の頭から離れなかった…。

独立したい

以前中本はアパレルメーカーに勤務していた。時はバブル全盛時代。
しかし成熟しきったこの業界に魅力を感じなくなっていた。
「独立したい」
いつしかそう考えるようになった。
「21世紀は環境ビジネスが主役になる」と読んだ。
「産業廃棄物処理やリサイクルは設備投資が大きい。害虫駆除をやろう。
元手もかからないし、私にもできそうだ」
狙いは決まった。しかしまったくノウハウがない。ならば習いに行こう。向かった先は殺虫剤で有名な大手製薬会社。無理を言って入社させてもらい2年間修行をした。
1988年独立、㈲広島環境サービスを設立した。翌年修行先と代理店契約を結んだ。当時、物件1件1万円/月が相場だった。
「月に20~30件やれば、食うには困らない」
仕事は順調に伸びていった。
安心もつかの間、バブルがはじけて仕事が除々に減った。
下請けの苦しさ、単価も下がり、元請の勝手を聞くしかなかった。営業を始めたが値引きの商談ばかりだった。
「独自商品を持たないと、勝負にならない」
「つまり、自分で物を作らなければいけない、ということだ」
180度展開である。しかしノウハウもなければ資金もない。先がまったく見えなくなった。

下を見ずに上を見ろ・・・ビジネスチャンスは上に有

中本は考えた。
「ゴキブリ・カ・ハエの周辺に何かないか・・・」9年前の苦い経験がよみがえった。
「上だ、鳥はどうだ」
ハトは平和のシンボルといわれるが、糞に悩んでいる人はかなりいる。今までは、毒をまく、ネットを張るくらいしか手がなかった。毒は鳥獣法違反になるし、ネットを張ってもたるみから入ってくる。針をつけても、止まりたいときはその隙間に止まる。
「今こそ9年前のリベンジだ」
中本の情熱に火がついた。2002年のことだった。

忌避剤のアイディアは東南アジア発

9年間のくやしい想いは無駄ではなかった。東南アジアでは粘着性の樹皮を鳥対策に使っていることを知った。鳥はベトベトしたものを嫌う。安全な所に移動して、くちばしでベトベトをとる習性がある。粘着力が強すぎるとトラップになりハトを殺しかねない。殺したら違反だ。
「ならばジェルならどうだ」。
ジェルに唐辛子をまぜメントールの臭いをつけた。大嫌いなベトベトをとろうとしたら、強烈な唐辛子の辛さと、強いメントールのにおいが襲う。鳩だって、これには懲りるだろう。
問題はベトベトの成分だ。中本が最初にイメージしたのはグリースだった。しかし、間違って人間がなめると、大変なことになる。悩んでいるところに、米国に「食品用グリース」があることを突き止めた。
「これだ」
早速サンプルを取り寄せた。「いける」と思った。ついに9年前のリベンジの強力な武器「ハートジェル」の形がみえてきた。

試験は大成功!だが・・・

ある家電チェーンの岩国店で、屋内駐車場の鳩の糞害に困っているという話を聞きつけた。
「試作品があるので試してもらえないか。効果がなければ代金は要らない」
背水の陣の申し出だった。自信はあったが祈るような気持ちで施工した。鳩は1週間でいなくなった。中本の大勝利だった。以後、同社の九州、中四国一円の店舗で施工した。
問題は販売だった。しかし販売ルートがない。資金もない、実績もない。中本は頭を抱えた。

人のやらないことを始めて信用が得られると、周囲が勝手に良いほうへ動く

「はと忌避剤」のニュースは、地元経済紙に載った。ほとんど反応はなかった。そんな中、その記事に興味を引かれた、一人の人間がやってきた。ひろしま産業復興機構のベンチャー企業総合支援センターの担当者だった。中本の話に乗ってきた。
担当者の口利きがきっかけで新聞・ラジオ・テレビが何度も取り上げた。公的機関の紹介の威力だ。その度に代理店が増えた。東京ビックサイトのビジネスフェアーにも、支援センターの便宜で特別に参加できた。中本は話題づくりが仕事になった。代理店の数は瞬く間に全国40店舗になった。銀行対応も思う条件が通るようになった。現在ホームセンターに並んでいる鳩の忌避剤は、ラベルは違っても中身はほとんど中本のものである。逆転の一発だった。
社内で手作りしていた薬剤は、需要拡大に伴って、機械油製造・卸の業者に委託することになった。機械油もパイが小さくなっていた。「新たな仕事として期待できる」と、二つ返事でOKが出た。

自分で決めたことをやり通すと人に出会える

中本は国内市場でも支援を受けている大手商社の中国支社長との付き合いの中で、米国進出を決意した。ハトは全米の大問題である。糞だけではない。アレルギーや伝染病の問題がクローズアップされている。米国ではハトの忌避ジェルは完成されていなかった。流通しているのは、トラップ型か毒型だ。それでもその会社の経営者は世界を飛行機で飛び回っている。市場の大きさははかりきれない。
中本は2004年に準備を開始した。アメリカの規制は日本の比ではない。立ちはだかるのはEPA(米国環境省)。人間の口に入れても安全なレベルまで要求された。3年がかりでクリアした。
しかし情勢は変わっていた。商社は好調だったアメリカの不動産市場を狙っていた。その一環として中本の出番があった。米国の住宅バブルが弾けて、商社との海外戦略は厳しくなった。
中本は単独での米国進出を決意した。自身、多少の英語は話せた。最大のキーマンは、妻のエノネだった。元英語塾の教師。彼女なしには米国進出はありえなかった。
準備を進める中で、困った事態が起こった。現地の代理店が契約に違反して内容を盗み、勝手に同様のものを作って売り出したのだ。裁判が始まった。当然、既存業者は妨害運動をおこした。問題は山積みし、費用も莫大になった。2008年に入って、ついに解決に向かって動き出した。今年中に結審する予定だ。

自社製品を造って世界に売りまくろう!

「現在の生産体制で売上10億までは見通しがたつ。アメリカはこれで大丈夫。次は東回りでヨーロッパに進出する」
中本の夢は大きい。「大きな事を言ったほうが、実現する夢は大きい」と思っている。ハトの次はヘビ・スカンク・ワニ・ネズミが待っている。
「世界一の会社に、5年でなる。私も飛行機で世界中を飛び回る」
中本に迷いはない。